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Sat.

日輪の遺産

nichirin.jpg

↑写真の右列一番前の少女は実写スペシャルドラマ「ちびまる子ちゃん」のまる子役森迫 永依(もりさこ えい)さんですよ。大きくなりましたねぇ。(清水ミチコがおかあさんの時のドラマです。酒井法子がおかあさんの時ではありません。)



日輪の遺産



浅田次郎原作の、本作です。
プログラム見ると、浅田本人がこんな事言ってます。

自分の実質的なデビュー作は、「地下鉄に乗って」だが、それは、半年前に刊行された「日輪の遺産」のある一場面を切り取って拡大したものであると。


本作は、第二次世界大戦終戦直前の5日間と、その後の物語です。


冒頭は
日系2世の男に、若い男が話を聞いている。
その男は、マッカーサーが来日した際、通訳を兼ねて側近だった日系人の男。
当時を思い出す。
厚木基地に、到着する飛行機
降りてきたのは、HQ最高司令官マッカーサー。
彼はタラップを降り、車に乗る。
隣には、若き日の通訳。
動き出した車の後部座席で、マッカーサーがつぶやく。

「あれは、いったいどこにあるんだ?アレは父の遺産だ……。」

現代の日本。
車椅子に乗る老人と、老婆が、学校を訪れる。
その学校では、これから卒業式が行われる。
生徒達は、担任や同級生達との、別れを惜しんでいた。
廊下にいた若い男の教師が、そばにいた若い女の教師に声をかける。

「君のおじいさん達、もう来てるぞ。」

先ほどの老夫婦は、石碑のようなところの前にいた。
石碑には、たくさんの名前が刻まれていた。

老婆がつぶやく。

「本当は、私の名前もココになきゃいけないのに…。」

「歳とってぜいたく言うもんじゃないぞ!」

先ほどの若い男女の教師が、その場所にやってきた。

「おじいちゃん!」



その後は、HQ最高司令官マッカーサーの財宝(現在の価値で約200兆円)を奪った日本軍が、日本の敗戦を目前にし、終戦後の日本の復興のため、その財宝の隠匿を計画します。
その全貌を、現代のアメリカ側仕官と、一人の老婆の目で当時を振り返ります。



ネタバレレビューですので、まだご覧になっていない方はこの下を見ないでね。
一応、評価だけ先に書いておきます。


1100円です。


少女達が自主的に巻いた↑のハチマキ。
少女達が自然と口ずさむ「♪出てこい ニミッツ、マッカーサー。出てくりゃ地獄へ逆落とし。♪」
コレこそが、この映画の全てでしょう。



















原作を読んでいないので、あくまでもこの映画から受けた、私の印象のみを書きます。


まずは、今の価値観で判断したら、全てが異常です。

今を生きている私たちだって、情報を制限され、教育を制限され、希望を制限され、ある価値観のみを叩き込まれれば、この時代に生きた人々と、なんら変わりない人間に、なっていることでしょう。
そして、今もその体験を語ってくださる人々の話は、必ずこう締めくくられます。

「何があっても、二度と戦争を起こしてはいけない」

中でも”何があっても”という言葉は、その時に今の私達の生活からは、全く想像出来ない、辛い思いをされたから出てくる言葉でしょう。
死ぬ、別かれる、殺す、殺される、そしていざその時、表に出せる感情すら今の私達と違うこと。
そうなってしまうこと。
その全てをひっくるめて”何があっても”と語られるんでしょう。
そう考えると、本当に重く受け止めなければいけないと、感じます。


この映画は、4人の大人の男が、出てきます。
2人の軍人、1人の政府官僚と、1人の教師。
それぞれの価値観は、それぞれの経験値により、若干異なっているのが面白い。
この大人の男4人には、当時日本人であるが故の責任は、やはり等しくのしかかっていますが…。

中村獅童扮する、望月庄造(座間五百一連隊・曹長)。
実戦を経験してきた彼は、自分の気持ちとは裏腹に、任務はこなしていきます。
しかし現場で、人の命の重みを一番感じてきた彼だからこそ、その大切さも一番わかっています。

福士誠治扮する、小泉重雄(東部軍経理部・主計中尉)。
彼は、英語も堪能で、日本以外の国を知っている、エリート官僚。
外国の実情を目で見て、人の命の重みを大切にする価値観も、理解しています。

ユースケ・サンタマリア扮する、野口孝吉(森脇女学校教師)。
教師と言う立場で、外国の文学に精通し、人の命の重みを大切にする価値観も、理解しています。

そして、堺雅人扮する、真柴司郎(近衛第一師団・少佐)
彼だけは、知りません。
いままで、軍の中でエリート街道を歩んできた彼には、人の命の重みを大切にする価値観を理解しようとせずに今まで生きてきました。
彼は、この作戦を通して、大きくかわります。


しかし、少女達には、大人たちにあるような、価値観の土台がありません。
物心ついた時から、日本人であるが故の責任を、しっかり植えつけられてしまっていました。
そんな戦時下の少女達の従順な思いに漬け込み、この作戦が遂行されます。
疑いもせず、お国のためと信じ込み、ただひたすら仕事をこなす少女達。
自分が役に立っていると、喜ぶ少女達。
そういう気持ちが、後に切なく辛い結果を、生むことになってしまう。


いやー、やっかいな映画です。
これほど、とらえどころが見えない映画は珍しい。
ある視点で見ると、こう見えるが、また別の視点で見ると、こう見える。
まるで、玉ねぎみたいな映画。
本作のテーマは、皮をめくる度に、違うものに見えてくる
あるところで、皮をめくるのをやめないと、しまいには何もなくなって、全てを見失う。
そのたまねぎをむかせるのを、止める何かが足りないと感じる。
つまり、一貫性みたいなもの。
受け止め方により印象の異なる映画です。

この物語を、決して美徳として捉えることなど、あり得ません。
ただ、その時代を悲しいと感じ、何がなんでも戦争を起こしてはいけないと感じる。
それを、美徳だと思わせてしまった大人たちの、懺悔の物語と捉えました。
しかし、それがしっかり伝わってこないのは、事実です。
愛国心というテーマに偏りすぎて、全体を通して前向きな演出が多く、逆にその行為を賞賛するような印象を与えてしまっているところは、原作通りなのか監督の力不足なのか、定かではないです。
やはり、その後の復興へのボリュームが、明らかに足りないのが、原因かもしれません。
クライマックスは、少女たちの死ではない、ということです。
実際フィクションなのですから、良いと言えば良いんですが、物語として、おかしな部分が多数あります。
正直、カットした方が、より映画の質を上げただろうというところが、たくさんありましたし、加えたほうがいいと思う要素も、いくつもありました。
その懺悔の気持ちと、辛く切なく悲しい経験を背負いながら、生き残った彼らが、日本の復興を見届けることが出来た事に、もっと焦点を当てなければ、ただのファンタジーに成り下がってしまう。(実際になりかけてます…。)


お金の問題なのか、時間の問題なのか、つまり洗練されてないって事です。
画面が安っぽいし、演出も安っぽいし、物語も安っぽく仕上がってしまっているのも、残念です。


それと、「日輪の遺産」ていうのは、もちろんマッカーサーの遺産のことではありません。
その遺産ともかけていますが、あくまでも日本の遺産、つまり日本人としての思いってことです。
あの戦争が終わり悲しんだこと、悔しいと感じたこと、辛いと感じたこと、でも頑張った事、頑張れたこと、その思い。
それこそ正の遺産、負の遺産、それらひっくるめて”日輪の遺産”であるという事でしょう。




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