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Fri.

1911

1911.jpg




1911



私のジャッキー好きの話は、もういいですね。(笑)
私と映画の関係は、ジャッキーが作ってくれた、と言っても過言ではありません。
「ありがとう!ジャッキー・チェン!」

さて、今年に入って「カンフーパンダ2」で、声の出演はしていたけど、顔を見ていなかった、われらがジャッキー。
「お久しぶりです!」

で、ちょっと前から予告編で観て、この映画を楽しみに待っていました。
先日行われた、第24回東京国際映画祭特別オープニング作品でもあり、来日までしてくれました。
「いつもありがとう!ジャッキー!」

さ、若干テンション高めですが(笑)、本編はどうだったでしょう?!



冒頭は、
当時の中国の状況を解説。
その後、本編がはじまる。
女性が手かせ、足かせ、首かせ?をつけられ、町の中を歩かされている。
沿道には、たくさんの人だかりが出来ている。
彼女が望むのは、子供達が、安心して暮らせる世の中にすることだったようだ。
しかし、その歩く先で、役人が待ち受けていた。
その役人に、1枚の写真を見せられ、

「このまま死んだら、この子達がかわいそうだな。」

「いえ、全ての子供たちが、自分の子供です。」

と言い残し、処刑された。



あー、もうこの辺でいいかなぁ………。


非常に残念ですが、完全に中国人向けです。
世界で公開するなら、もっとグローバルな見せ方が、できなかったものなのだろうか?


この映画に出演しているキャラクターの中で、”人”として描かれているのは、孫文(そんぶん)と袁 世凱(えん せいがい)。
この二人以外は、非常に残念ですが、”記号”程度しか、描けていません。
ジャッキー・チェン演じる、孫文の片腕の黄興(こうこう)ですら、映画の中では、描けていません。
上の二人に関しては、しっかりキャラクターが出ていて、共感出来たり、感情移入することが出来ます。
それは、
その人が、どんな考えをもった人間なのか?
普段、どんな生活をしているのか?
どういった行動を、どのようにとる人なのか?
どうして、そう思ったのか?
そんなことが、描かれていたからだと思います。
しかし、2人以外の人達は、それのほとんどが、描かれていません。
もちろん今回は、ジャッキーのアクションは、ほとんどないって事は承知で見ました。
去年に続いて、今の、そしてこれからのジャッキーが、どう変わるのかってのを見たくて、映画館に行きました。
しかし、この映画の中での存在感は、ほとんどありませんでした。
画面には多く映っているのに、存在感がないという、非常に珍しいパターンです。


なぜ、こうなったのでしょう?
それはひとえに、辛亥革命という膨大なボリュームを、1本の映画にまとめようとしてしまったことが、最大の失敗です。
中国の方ならきっと、当たり前のように名前が出てくるキャラクターでしょう。
しかし、他の国の人が見たら、その人が辛亥革命においてどのような活躍、もしくは行動をとり、その後どうなったのかってのが、名前を見ただけでは浮かんではきません。
それなのに、教科書に載っているような人間を、片っ端から登場させ、しかも字幕で名前を表示させる、という急ぎっぷり、象徴的な出来事も、片っ端から描き、観ている人には、情報量が多すぎて混乱します。

しかも、私は字幕版で見たので、あまりの情報量に、ついていくのがやっとでした。
その字幕ってのも、白い背景のところに出してしまって見えなかったり、解説字幕と会話の字幕が同時に別のところの出たりと、まるで見ている人を無視した仕上がり。
最初にわずかだけど、日本語で解説を入れたのはいいと思うけど、本編の仕上がりは全然だめ。
こちらは、配給会社も反省しないとだめだね。


たとえば、日本の明治維新を1本の映画にしようとしたとき、あのたくさんいる登場人物を、全て画面に登場させ、象徴的な出来事も全て描こうとしたら、日本人ですら面白くないんじゃないの?
ある人間にスポットを当てて、その周りで起こる事件をその人の目で捉え、その人がどう感じ、その人がどう行動したのかっていうのが、ドラマだと思うんだけど。


では、どうすればよかったのかなあ?
コレは、1本の映画にするというのがあくまでも前提なのだとしたら、、革命における事件をそれぞれ描くより、ちゃんと人を描き、その周りで起きる事件のほうを、記号化するべきだったんじゃないかと思います。
じゃなきゃ、ただの教科書を映像で見たようになってしまい、そこに人の感情が絡んできませんので、ドラマがありません。


画的には、プライベートライアンを思わせるような戦闘シーンや、豪華なセット衣装など、お金はかかってるんだろうなあって、感じはします。


監督も脚本家も、こんな大事な映画を作ることができる腕は、無かったということでしょう。
コレがジョン・ウーあたりが撮っていれば、大スペクタクルになったんだろうし、チャン・イーモウが撮っていれば、重厚な人間ドラマになっていたんだろうけど…。


”歴史に残らなかった命の物語”ってコピーにも、かなり違和感!
確かに、たくさんの方が命を落とす場面は、出てきます。
しかし、肝心なその命に、フォーカスが当たってない。
この映画は、ジャッキーの映画じゃないんだよ、もともと!
タイトルどおり”辛亥革命”って映画なんだよ。
それを、誰かの映画ってするほど、それぞれ個人を取り上げているわけでも、ないんだし。


辛亥革命100周年の記念、と言うことで作られた映画なので、その集大成にしたかったと言うのは、理解できるけど、これじゃただの、年表に毛が生えたくらいだよ。


さあ、そろそろ今回の評価ですが、非常に残念な結果でした。


850円です。


ホントは、この作品のレビューは、来週にしようと思っていました。
でも、私自身がこの映画を”字幕版”で観てしまったことを、後悔してるんで、いち早く報告しなきゃ、と思い今週にしました。
これからご覧になる方は、”吹き替え版”での鑑賞をおススメします。
それと、辛亥革命に関してや、孫文(そんぶん)と袁 世凱(えん せいがい)の情報等は、勉強してから観に行ったほうが、いいかもしれません。



ところで今回は、ジャッキー出演映画100作目という、ある意味大事な映画でした。
どうも、その100作見ると、怪しい感じがしないでもない。(笑)
ジャッキーも怪しい感じみたいよ。(笑)

どれとは言わないけど、あのブームの頃には、ヒドイ作品もありました。
ブルースリーの映画などでも、そうだったけど、映画製作中、何らかの原因(ブルース・リーの場合はお亡くなりになりました)で、本人が出演できなくなった場合、普通なら、その計画はいったん白紙に戻して、最初からやり直すんだけど、当時の香港映画は、途中でも何でも、無理やり仕上げちゃってました。
途中から、ちょっと似てる代役を立てて、残りの部分を撮影しちゃいます。
その場合、妙なカットになります。
こちらが話しかけてるのに、なぜかずっと後ろ向いてしゃべったり、肝心の戦いのシーンでは、首から下やバックショットしか写さなかったり、中には、無理やりマスクをかぶる設定にしたりと、やりたい放題。
それ以外でも、権利の問題で、別な作品のわずかなジャッキーの映像を、別な作品に無理やり使ったりすることも、あったりしました。
ハッキリしないはずだよね。(笑)

では、最後に、あらためまして、

「ジャッキー!100作出演、おめでとうございます。これからも、あなたの姿を映画館で拝見し続けることを、楽しみにいたしております。ずっとお元気で、いてください。来週公開の『新少林寺/SHAOLIN』も楽しみにしてます。」




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